「陸」の中国、「水」の日本(4)
中国は陸地に執念を燃やし、
日本は海洋に執念を燃やす。
日本にとって海洋資源は国家の生命線であり、
海の幸で暮らしてきた日本人にとって「海洋」に関して海外からあれこれ
いちゃもんをつけられること自体を「屈辱的」と感じることが多い。
陸地民族である中国人から見ると「たかがこんな些細なことで」と思うことであっても
日本人には「極めて重要なこと」と感じていることを
中国人も文化的な違いのひとつとして理解しつつ接する必要がある。
今日中国と日本の間に横たわる様々な摩擦も
「陸地民族」と「海洋民族」の観点の違いからきているケースも多い。
日本にとっての「海洋」は、
中国の万里の長城のようなものであって、
どんなにそそ稲ことであっても決して簡単なすませることはできない。
反対に日本人は中国人が「陸地」に燃やす執念を理解することが難しい。
中国にとって「大陸」こそがその歴史のほぼ100%であって、
海洋を舞台とした海戦や、海産物等を巡る歴史はほんの一部にすぎない。
日本ほど水に恵まれた国はなく
また、中国ほど陸に恵まれた国はない。
水と大地の両国民が相互の理解を深めることは
将来にわたって両国の国民が肝に銘じておかなければならない
重要な視点ポイントである。

海・川と湖・池…いつも「水」に囲まれながら生きてきた日本人
日本は海洋に執念を燃やす。
日本にとって海洋資源は国家の生命線であり、
海の幸で暮らしてきた日本人にとって「海洋」に関して海外からあれこれ
いちゃもんをつけられること自体を「屈辱的」と感じることが多い。
陸地民族である中国人から見ると「たかがこんな些細なことで」と思うことであっても
日本人には「極めて重要なこと」と感じていることを
中国人も文化的な違いのひとつとして理解しつつ接する必要がある。
今日中国と日本の間に横たわる様々な摩擦も
「陸地民族」と「海洋民族」の観点の違いからきているケースも多い。
日本にとっての「海洋」は、
中国の万里の長城のようなものであって、
どんなにそそ稲ことであっても決して簡単なすませることはできない。
反対に日本人は中国人が「陸地」に燃やす執念を理解することが難しい。
中国にとって「大陸」こそがその歴史のほぼ100%であって、
海洋を舞台とした海戦や、海産物等を巡る歴史はほんの一部にすぎない。
日本ほど水に恵まれた国はなく
また、中国ほど陸に恵まれた国はない。
水と大地の両国民が相互の理解を深めることは
将来にわたって両国の国民が肝に銘じておかなければならない
重要な視点ポイントである。

海・川と湖・池…いつも「水」に囲まれながら生きてきた日本人
「陸」の中国、「水」の日本(3)
中国の食べ物は圧倒的に「陸産物」に集中しています。
川魚や湖の魚貝、あるいは海産物もあるにはありますが、
量的にも、また質の点でも「少数派」です。
清時代の中国は、日本の江戸時代と同様に「鎖国政策」をとっていました。
中国には広大な国土があり、海に、あるいは海の外にまで興味をもたなくても
生きていくことができたこともひとつの要因だったと思われます。
中国人は基本的に「水」が苦手な民族のように思います。
今日でも「水道水」はそのまま飲むことはできませんし、
水の管理という観点からも大変ずさんな状況だと感じます。
上海の水道水は少し湯船に貯めただけで「薄茶色」になります。
「南船北馬」という言葉があります。
特に中国の北方は大変「水」が乏しい環境ですから、
「米」を作ることがでないので、農作物の中心は畑になり
「馬」が欠かせないということ、そして
戦争の重要ツールが「馬」であったということです。
だからこそ「河川」は大切な存在でしたが、
黄河をみて分かるように「清流」ではなく「濁流」の大河でした。
中国の大地の大半は「水」乏しい大地であり、水との戦いの歴史でもありました。

西太后は水が豊かな江南の地に似せて北京に広大な人工湖を作らせました。
川魚や湖の魚貝、あるいは海産物もあるにはありますが、
量的にも、また質の点でも「少数派」です。
清時代の中国は、日本の江戸時代と同様に「鎖国政策」をとっていました。
中国には広大な国土があり、海に、あるいは海の外にまで興味をもたなくても
生きていくことができたこともひとつの要因だったと思われます。
中国人は基本的に「水」が苦手な民族のように思います。
今日でも「水道水」はそのまま飲むことはできませんし、
水の管理という観点からも大変ずさんな状況だと感じます。
上海の水道水は少し湯船に貯めただけで「薄茶色」になります。
「南船北馬」という言葉があります。
特に中国の北方は大変「水」が乏しい環境ですから、
「米」を作ることがでないので、農作物の中心は畑になり
「馬」が欠かせないということ、そして
戦争の重要ツールが「馬」であったということです。
だからこそ「河川」は大切な存在でしたが、
黄河をみて分かるように「清流」ではなく「濁流」の大河でした。
中国の大地の大半は「水」乏しい大地であり、水との戦いの歴史でもありました。

西太后は水が豊かな江南の地に似せて北京に広大な人工湖を作らせました。
「陸」の中国、「水」の日本(2)
以前仕事の関係で中国の東北地方によく行っていました。
瀋陽(旧称奉天)の空港に降り立ち、車でクライアント企業まで行く途上の
広漠たる大地の様子は今でも忘れることができません。
特に冬に旧満州地区に行ったときの景色と寒さは圧巻です。
地平線を見渡す大地は「土色」一食で、人の気配が感じられず、
あらゆるものが凍りついたに静かに眠りについているようでした。
かつてこの地に日本人の入植者たちが「夢」を抱いてやってきましたが、
その苦労は並大抵のことではなかったことが容易に想像できます。
海洋に守られ、豊かな自然の中で育ってきた日本人にとって、
見渡す限りの「大地」の圧倒的な迫力を前にした戦いは
当時の状況を考えれば、まさに過酷の極地であったことでしょう。
山崎豊子さんの「大地の子」は戦前戦後の中国東北地方の
小さな村からそのストーリーが始まり、
物語の最後に、主人公が実の父との会話の中で
「私はやはり大地の子ですから」という言葉で締めくくられています。
とても感動的な主題で、私は本を二度読み、テレビのビデオも二度見ました。
そこに横たわっているテーマは「日本と中国の狭間」であったように思います。
中国人は「大地」に根ざしながら長い歴史の時を刻んできました。
日本人は果てしなく広がる「海」を目の前にしながら歴史を歩んできました。
大地の子と海の子
この違いは、両国人民が大変異なる文化を形成していく
最大要因のひとつとなっています。

大地の子は「大地」を切り開き、発展と開発の夢を追い求め続けます。
瀋陽(旧称奉天)の空港に降り立ち、車でクライアント企業まで行く途上の
広漠たる大地の様子は今でも忘れることができません。
特に冬に旧満州地区に行ったときの景色と寒さは圧巻です。
地平線を見渡す大地は「土色」一食で、人の気配が感じられず、
あらゆるものが凍りついたに静かに眠りについているようでした。
かつてこの地に日本人の入植者たちが「夢」を抱いてやってきましたが、
その苦労は並大抵のことではなかったことが容易に想像できます。
海洋に守られ、豊かな自然の中で育ってきた日本人にとって、
見渡す限りの「大地」の圧倒的な迫力を前にした戦いは
当時の状況を考えれば、まさに過酷の極地であったことでしょう。
山崎豊子さんの「大地の子」は戦前戦後の中国東北地方の
小さな村からそのストーリーが始まり、
物語の最後に、主人公が実の父との会話の中で
「私はやはり大地の子ですから」という言葉で締めくくられています。
とても感動的な主題で、私は本を二度読み、テレビのビデオも二度見ました。
そこに横たわっているテーマは「日本と中国の狭間」であったように思います。
中国人は「大地」に根ざしながら長い歴史の時を刻んできました。
日本人は果てしなく広がる「海」を目の前にしながら歴史を歩んできました。
大地の子と海の子
この違いは、両国人民が大変異なる文化を形成していく
最大要因のひとつとなっています。

大地の子は「大地」を切り開き、発展と開発の夢を追い求め続けます。
「陸」の中国、「水」の日本(1)
中国で生活していると、つくづく日本は「水の国」だと思います。
日本には資源がほとんどありませんが、
これほど清潔で豊富な「水」に恵まれた国はないでしょう。
日本人は「水」に特別な感情を抱きつづけてきました。
「禊」(みそぎ)という感覚も日本人ならではの独特な思想でしょう。
清らかな水に身を浸すことによって過去の事柄が流されて、
本来の自分の姿を取り戻し、一掃されるという考えだす。
適度な降と降雪、そして周囲を大海に囲まれた日本は、
豊かな海の幸、山の幸、川の幸に恵まれています。
人々は四季の変化に応じ、自然に包まれるように生活し、
完成度の高い文化と生活様式を享受し続けてきました。
日本には「石油」や「綿花」や「レアメタル」などはありませんが、
すばらしい質と量の「水」が常に豊富に与えられてきました。
海がもたらす海産物や複雑な気候の変化は、
日本人の食生活だけではなく、生活様式や思想にも
計り知れない影響を与えてきました。
こうした豊かな「水の恩恵」がもたらしてきた文化は、
陸を中心として育ってきた中国の文化と大変異なるものになったのは
しごく当然と言えるでしょう。

豊かな水の恩恵が、豊かで再生力の強い国土を形成し文化を育んできました。
日本には資源がほとんどありませんが、
これほど清潔で豊富な「水」に恵まれた国はないでしょう。
日本人は「水」に特別な感情を抱きつづけてきました。
「禊」(みそぎ)という感覚も日本人ならではの独特な思想でしょう。
清らかな水に身を浸すことによって過去の事柄が流されて、
本来の自分の姿を取り戻し、一掃されるという考えだす。
適度な降と降雪、そして周囲を大海に囲まれた日本は、
豊かな海の幸、山の幸、川の幸に恵まれています。
人々は四季の変化に応じ、自然に包まれるように生活し、
完成度の高い文化と生活様式を享受し続けてきました。
日本には「石油」や「綿花」や「レアメタル」などはありませんが、
すばらしい質と量の「水」が常に豊富に与えられてきました。
海がもたらす海産物や複雑な気候の変化は、
日本人の食生活だけではなく、生活様式や思想にも
計り知れない影響を与えてきました。
こうした豊かな「水の恩恵」がもたらしてきた文化は、
陸を中心として育ってきた中国の文化と大変異なるものになったのは
しごく当然と言えるでしょう。

豊かな水の恩恵が、豊かで再生力の強い国土を形成し文化を育んできました。
「データ嫌い」の中国、「データ好き」の日本(3)
日本の人口は「何人単位」までほぼ正確に把握することができます。
たとえば、江戸時代でも日本人は世界に稀なほど「算数好き」でした。
「和算」という独特の数学が発展し、
しかもそれは一般市民のレベルにも広く浸透していました。
当時の日本の数学レベルは世界有数のハイレベルでした。
日本人は異常に「データ好き」な民族だといってもいいでしょう。
そうした民族の特質が今日のハイテク産業を支えてきたとも言えます。
それは決して日本人は優秀、中国人は優秀ではないという意味ではなく、
両国の文化背景からくる特質の違いだといえるでしょう。
今日の中国の発展はむしろ「細部に拘らず」
全体を大きく見回すことができる視点があったからこそでしょう。
中国大陸という広大な土地は「大陸気質」を育てていきました。
日本人は「島国根性」だといわれますが、
それは地理的な要素から、どうしても外との交流が簡単でなく、
外部からの侵略に「自然の防波堤」が築かれていたからに他なりません。
「島国根性」は世界に冠たる日本人の美徳を営々と育ててきたのです。

世界に比類のない清潔で清楚な国…日本です。
たとえば、江戸時代でも日本人は世界に稀なほど「算数好き」でした。
「和算」という独特の数学が発展し、
しかもそれは一般市民のレベルにも広く浸透していました。
当時の日本の数学レベルは世界有数のハイレベルでした。
日本人は異常に「データ好き」な民族だといってもいいでしょう。
そうした民族の特質が今日のハイテク産業を支えてきたとも言えます。
それは決して日本人は優秀、中国人は優秀ではないという意味ではなく、
両国の文化背景からくる特質の違いだといえるでしょう。
今日の中国の発展はむしろ「細部に拘らず」
全体を大きく見回すことができる視点があったからこそでしょう。
中国大陸という広大な土地は「大陸気質」を育てていきました。
日本人は「島国根性」だといわれますが、
それは地理的な要素から、どうしても外との交流が簡単でなく、
外部からの侵略に「自然の防波堤」が築かれていたからに他なりません。
「島国根性」は世界に冠たる日本人の美徳を営々と育ててきたのです。

世界に比類のない清潔で清楚な国…日本です。

